最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)134号 判決 1983年11月25日
上告人
日機工業株式会社
右代表者
東忠昭
右訴訟代理人
小松正次郎
被上告人
興亜機械株式会社破産管財人
上田耕三
右補助参加人
株式会社
和信商会
右代表者
江崎邦雄
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人小松正次郎の上告理由第一点について
論旨は、独自の見解に基づき原判決の結論に影響を及ぼさない部分についてその不当をいうものにすぎず、採用することができない。
同第二点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第三点について
否認権の行使を受けた相手方は、否認された行為のあつたのちに破産者に対する債権がすべて消滅し、総破産債権が現存しないことを主張して否認権行使の効果を否定することはできないものと解するのが相当である。その理由は、破産手続は、破産者に総債権者の債権を弁済する能力がないため、破産者の全財産をもつて総債権者の公平な満足をはかるものであつて(このため一般執行ともいわれる。)、裁判所が破産者に破産原因があるものと認めて破産宣告をすることによつてその手続が開始され、配当に与ることのできる破産債権は、債権の届出、債権調査期日における調査、債権確定訴訟等破産法所定の手続によつて確定すべきものとされており、また、債権届出の期間内に届出をしなかつた破産債権者も、配当から除斥されるだけであつて、破産債権を失うわけではなく、期間後の届出も許されており、最後の配当については、その公告の日から一定の除斥期間をおくなど特に慎重な手続が要求されていることなどに徴すると、破産管財人がその職務を追行するにあたり、破産債権者に分配すべき破産財団の確保のために必要があるとして否認権を行使している以上、その相手方において総破産債権の不存在を主張して否認権行使の効果を否定することは、右のような破産手続の性格と相容れないものとして許されないといわなければならないからである。これと同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない、論旨は、原判決を正解せず、独自の見解に立つてこれを論難するものであつて、採用することができない。
同第四点及び第五点について
論旨は、原判決の結論に影響を及ぼさない傍論の部分の不当をいうものにすぎず、採用することができない。
同第六点について
破産法七二条一号所定の否認(以下「一号否認」という。)の制度が民法四二四条所定の詐害行為取消のそれと同趣旨のものであることは、所論のとおりである。しかしながら、否認権は、一号否認の場合を含め、破産者の全財産を総債権者の公平な満足にあてるという観点から、破産管財人がこれを行使するものであつて、否認権の消滅時効に関する破産法八五条の規定は一号否認についてもその適用があり、総破産債権者につき詐害行為取消権の消滅時効が完成しても否認権が消滅するわけのものではないと解するのが相当であり、これと同旨の原審の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。
同第七点について
論旨は、原判決を正解せず、その結論に影響を及ぼさない部分の違法をいうものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(鹽野宜慶 木下忠良 宮﨑梧一 大橋進 牧圭次)
上告代理人小松正次郎の上告理由
上告理由第一点、第二点<省略>
上告理由第三点 原判決は重要証拠を無視又は看過し、破産法の規定について誤つた解釈をし、審理不尽、理由不備の違法がある。
一、原判決は、その理由五項において、上告人の原審における「本件否認権行使の時点において和信商会を始め興亜機械の一般債権者の債権はすべて時効又は弁済等によつて消滅しているから、もはや破産債権者を害する事実はなくなつており、否認権行使の要件を欠くものである」との主張を掲記し(原判決二一枚目裏3行ないし6行)、これに対し、原判決は、「否認権行使の時点で詐害性がなくなつておれば、否認の要件を欠くことになる」ことを判示しながら(同二一枚目裏7行ないし9行)、和信商会と上告人の二社が届出をしている以上、届出にかかる破産債権の存否は、破産法第七章に規定する破産債権確定手続によつてのみ確定するものであるから、上告人が、前記届出にかかる和信商会の債権の不存在を主張するのであれば、上告人において、(a)破産手続において右和信商会の届出債権に対し異議を申立て、(b)和信商会との間で破産債権確定訴訟によつてその存否を決すべきものであるのに上告人はこれをしていないから、その詐害性は未だ阻却されていない旨判示した(同二二枚目表1行ないし12行)。
二、しかし、(A)上告人は、解除条件附債権をもつて、原判示の破産手続(大阪地方裁判所昭和五〇年(フ)第一三四号)に参加しているものであるところ、右破産手続における昭和五二年九月二六日の債権調査一般期日において、和信商会の届出債権に対し異議を申立てている事実は、成立に争いのない乙第十六号証(債権調査一般期日調書)の記載上明白である〔乙第十六号証には「(株)和信商会の債権届に対し(上告人が)異議を申立てる」と明記してある〕から、上告人において異議申立しなかつた旨判示せる原審は、重要証拠である乙第十六号証を無視又は看過せるものといわざるを得ない。(B)そして、「異議がある(和信商会の)債権は確定しない」ものであるところ(乙第十六号証)、「現行法は、裁判所は破産手続上でこれを審判する立前(吸収主義)を採らないで、その債権者と異議者との間の通常の訴訟による解決をはかることにしている」、「債権者又は異議者のいずれの側から、起訴のイニッシャティブを採る必要があるかについては、法律は、無名義債権(終局判決又は執行力ある債務名義のない債権)の場合は、被異議者である債権者の方から異議者を相手方として異議を除去するために自ら進んで起訴しなければならない。」ことを規定している。そして、有名義債権の場合は逆になつているのである(破産法二四四条以下。兼子・恒田「破産・和議」一八九頁、一九〇頁。山木戸「破産法」二四八頁。加藤「破産法要論」三六二頁、三六三頁)。
三、和信商会の興亜機械に対する債権は、「無名義債権」(終局判決又は執行力ある債務名義のない債権)であり、従つて、和信商会の側に、破産法の規定する債権確定訴訟について、異議者(上告人)に対して起訴責任(訴訟のイニッツャティブをとる負担)がある。右起訴責任をとつていない無名義債権者(和信商会)は、異議を除去する手段をとつていないから、その債権は確定していないものであり、従つて原判示の詐害性はなく、否認の要件が欠けることになるものである。
四、しかるに原判決は、前記のように重要なる書証(乙第十六号証)を無視又は看過し、且つ法律上、債権確定訴訟における起訴責任が和信商会にある点に審理を尽すことなく、たやすく(a)上告人が異議を申立てず、また(b)上告人が債権確定訴訟について起訴責任を尽していないかの如く判断し、よつてもつて、詐害性は阻却されず、否認の要件を欠くものでない旨判示せるは違法であり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかなものである。
上告理由第四点、第五点<省略>
上告理由第六点 原判決は法律の解釈を誤つた違法及び審理不尽、理由不備の違法がある。
一、原判決はその理由六項において、上告人の原審における「破産宣告当時すべての債権者取消権が時効によつて消滅している場合には、破産法七二条一号の否認権の行使は許されない」との予備的主張(井上直三郎「破産・訴訟の基本問題」三〇六頁以下参照)を掲記し、民法四二四条の取消権と破産法七二条一号の故意否認とは共通の性質及び目的を有するものであることを判示しながら(原判決二四枚目裏4行ないし8行)、結局、「同法八五条は否認権自体について破産宣告の日から二年間これを行わないときは時効によつて消滅する旨規定し他にその行使についてなんらの制限規定を置いていない」との理由をもつて(同二五枚目表9行ないし12行)、上告人の原審における前記主張を排斥した。
二、しかし、破産法七二条「一号」の否認権は、同条「二号」の破産に特異なる独自の否認権と異なり、元来、民法四二四条の債権者取消権と法律上同一性質のものであり、同一の目的を有するものであることは原判決もこれを前記のように判示しているところであつて、「法律体系上同一地位に置かるべきものである」(柚木「判例債権法総論」一八四頁。兼子・恒田「破産・和議」一二〇頁)。
(一) 民法により債権者の提起した取消の訴が、債務者破産の場合に管財人により遂行せらるべきものとなることは(破産法八六条、七六条)、破産法七二条一号の立法趣旨が、民法の箇別的救済を共同的のものに引直すに存するという取消権と否認権との関係を明らかにしているものであつて、前者が箇別的であり、後者が共同的であるという点及び前者は箇々の債権者が行使するものであり、後者は破産管財人が行使するという点のほかになんらの差異も認められないものである。
(二) 前記のように「一号」の否認権は、「二号」以下の破産に独持の根拠を有するものではなくして、箇々の債権者の権利が共同の権利となつたものにほかならないから、箇々の債権者のなに人もがその権利を有せざるに至つたときには、債務者に破産が開始しても、その否認する権利の存在するものではないことは当然の事理である。何となれば、箇々の債権者のなに人もその権利を有する者がないということは、取りもなおさず、共同的となるべき権利が存在しないということであるから、その共同的権利である「一号」の否認権は存在する理由がないからである。
(三) 債権表取消権は、債権者が「取消の原因を覚知したる時より二年」の時効に因り消滅するが故に(民法四二六条)、債務者破産宣告当時、すでに、すべての債権者について時効が完成していることがある。上告人の原審における予備的主張の場合が正にその場合である。ところが、原判決は、右のように同法八五条が、否認権は破産宣告の日より二年間これを行わないときは時効によつて消滅する旨規定し他にその行使について制限規定を置いていない。として、すべての債権者について取消権の時効が完成していても、破産内の否認のためには、これを無視すべきである旨判示したのであるが、
しかし、すでにすべての債権者がその取消権の二年の時効による消滅によつて、その救済を受けることができなくなつているという事実関係のもとにおいて、債務者が破産したからといつて、再びその同一の救済を受け得べからしめるような法律上の理由はない。またこれを否認の相手方の側からみれば、取消権の時効消滅によつて、いずれの債権者に対しても維持することができるようになつている「消滅時効の完成」という法律上の利益が、債務者の破産ともなれば、再び墓下から堀り起されるが如きことは、不定状態を早く打切ろうとする時効制度の法意と精神に反するものである。
右の法理については、独墺の立法例では明文をもつて規定している。すなわち、独逸破産法(三一条二号及び三二条一号二号)の否認は、所定の期間を経過したときは、「その行為は、破産の内外を通じて否認し得ない」旨規定し、また墺国破産法は、「すでに破産外否認(債権者取消権)の時的限界を脱せる行為は、破産内否認(否認権)の時的限界にあり得ない」旨規定している(破産外否認二条一号、破産二八条一号)。
わが破産法においては、破産内否認の時的制限について、独墺のそれのように破産内否認の不定状態を迅速に打切ろうとすることを明文化していないとはいえ、それは明文化していないというだけのことであり、破産内否認の不定状態を迅速に打切ろうとする時的制限の法意が、独墺のそれと異なるものでないことは、破産法八四条が、「破産宣告の日より一年前に為したる行為は支払停止の事実を知りたることを理由として之を否認することを得ず」と規定している法意に照らしても明白である。同法の「立法の理由書」にも「……其の法律行為の効力を永く不定の状態に置くは不当なり。加之破産宣告の時と支払停止の時期と相距る遠きときは、両者の関連亦必ずしも明確なりと云ふを得ず。之に依りて本条は破産宣告の日より一年前に為したる行為は支払停止の事実を知りたるとの理由を以て之を否認することを得ざるものと為したり」と明記してあるのである。
(四) 故に、破産宣告当時、すでにすべての債権者について取消権の時効が完成して取消権が消滅している場合に関し、破産法に明文がない、ということは、右原判示のように破産内否認のためにこれを無視してよいという法意だと軽々に解すべきものではなく、明文がない場合には、関係法規との関連及び否認の短期時効制度の法意と精神に照らし(前掲破産法八四条の規定についての立法の理由書参照)、また必要に応じ、諸外国の破産法、特にわが国破産法と同じく、いわゆる「一般破産主義」(「商人破産主義」に対するものである)を採用せる独法系の破産法等(前掲独墺の破産法の各規定参照)をも参酌し、比較、検討を尽した上で、「破産内否認の不定状態を迅速に打切ろうとする時的制限の法意」の有無について、慎重に解釈すべきものである。そして、否認権の消滅時効の規定である破産法八五条が、債権者取消権の時効の規定である民法四二六条と同一の立法趣旨であることは、破産法八五条の立法の理由書に、「本条は否認権の消滅時効を定むるものにして、其の(立法の)趣旨民法第四百二十六条の規定に同じ」と明記してあるところであるから、右否認権の消滅時効の規定(破産法八五条)が、すべての債権者の時効消滅に拘わらず、尚且つ否認権の存在を認めようという法意を有するというようなことは、破産法八五条と民法四二六条とが、いずれも、短期時効制度を認めて否認又は取消の不定状態を迅速に打切り、第三者の権利状態を速やかに確定しようとする時効制度の法意と精神からいつて、到底あり得ないことである、と相信ずる。
(五) しかるに、原判決は、右のように「制限規定を置いていない」という理由のもとに、これを否定しているが、これは、原判決が、債権者取消権と破産法七二条一号の否認権とが、法律上同一の性質のものであり、同一の目的を有し、法律体系上同一地位に置かるべきものであるという実体を判示しながら、結局は、規定の形成のみに終始して判断した結果であつて、破産内否認の不定状態を破産外否認の場合と同様に、迅速に打切り、第三者の権利状態を速やかに確定しようとする短期時効制度の法意と精神を理解せずして、破産法の解釈を誤つた違法を侵せるものである。
(六) さらに、原判決の「すべての債権者の取消権が時効完成によつて消滅に帰している場合でも、破産法七二条一号の否認権は存在し、その行使ができる」という判示に従うとすれば、すでにすべての債権者の取消権が時効完成によつて消滅に帰した後になつて、破産宣告があれば、すでに消滅に帰している取消権は、全部墓下から堀り起されて復活して、その権利を行使することができることとなり、破産宣告は、時効制度の優位に立つて、時効制度(消滅時効制度)を完全に破壊してしまう効力を有することとなるから、右原判示は、恐るべき破壊的な独断の判示というの外なく、到底取消を免かれ得ないものである、と相信ずる。
三、いまこれを本件についてみるに、
(一) 民法四二六条の「取消の原因を覚知したる時」とは、「債務者が「債権者を害することを知つて行為をした事実を」、「債権者が知つた時」をいうものであるところ(大判大正四・十二・一〇民録二一・二〇三九)、和信商会は、本件昭和四〇年三月三〇日の転付行為により譲受債権の支払が受けられなくなつたので、「昭和四〇年六月十五日」、債務者(興亜機械)に対し前記債権譲渡の有効確認を求める訴を提起した事実は、原判決が当事者間に争いのない事実として確定せるところであるから(原判決「事実」四、2(二)〔一〇枚目裏〕、「理由」五項〔二二枚目裏3行ないし4行〕)、右「債権者(和信商会)が取消の原因を覚知したる時」は、「昭和四〇年六月十五日」である。故に民法が「二年」の「短期時効制度を認めて第三者の権利状態を速やかに確定しようとする趣旨」から、右時点より「二年間」これを行使しなかつたことにより、和信商会の債権者取消権(本件否認権と法律上同一性質・目的のもの)は、昭和四二年六月十五日限りをもつて時効によりすでに消滅に帰している。
(二) そして、右昭和四〇年三月三〇日の転付行為と本件否認権行使との間には「約一〇年の期間が経過している」事実は原審の認定せるところであつて(同二五枚目裏3行ないし4行)、「破産宣告の時と支払停止の時期と相距ること遠く」「両者の関連が明確でなく稀薄となつている実情」であり、本件否認権行使の時点(昭和五一年一月十四日)では、右和信商会のほかの「他のすべての債権者の債権そのものが、すでに弁済(乙第八号証、乙第九号証)又は時効によつてすべて消滅し、従つてその各取消権も消滅してしまつており、和信商会の取消権が消滅せることは前記のとおりであつて、すべての債権者の取消権がすでに消滅してしまつているのであるから、前記の法理により、本件の否認権なるものは、実体法上存在しないものであり、従つてその行使は、形式上だけ存する有名無実の権利に依拠するものであるから、許容すべからざるものである。
四、なお原判決は、本件の場合について、(a)「本件昭和四〇年三月三〇日の転付行為と本件否認権行使との間の約一〇年の期間は前記(取消)訴訟が係属していた」こと、(b)「上告人の債権取得は転付命令(執行行為)に基づくものであり、破産法七五条の如き明文のないもとでは右行為を債務者の行為と認めることはできず、民法四二四条に基づき取消すことはできない事情にあつた」から、「本件否認権行使に制約もなく、不当性もない」旨判示しているが(同二五枚目裏3行ないし12行)、(A)和信商会は、前記(取消)訴訟が係属している間、反訴又は別訴等により、自己を債権者とする民法四二四条の取消権の行使をなし得たものであり、且つ(B)右転付命令(執行行為)の基礎となつている原判決添付「別紙二」の公正証書による昭和四〇年二月二四日の準消費貸借契約について右取消権の行使(権利の行使)をして同一の目的を達し得た事情にあつたものであるから、和信商会が、右取消権の行使をなし得たに拘わらず、これをしなかつた以上、前記「二年」の時効によつて、その取得権は時効消滅しているものであつて、他のすべての債権者の取消権も前記のように消滅に帰している以上、前掲の理由により本件否認権の行使は許されないものである。
五、破産法八五条の規定は、前記上告人主張のようにすべての債権者の取消権の時効消滅したという特殊の場合について右の如く解釈しても、その成法の文言を変更することなくして、合理的な解釈となり得るものであつて、原判決のそうでない旨の判示は、徒らに条文の形式文言のみに拘泥して、その実体を把握理解せず、その成法の法意と目的を無視した違法の解釈をなせるものというべきものであり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかなものである。
上告理由第七点<省略>